ヒロは、世界を光と負荷で見ていた。
ヒロにとって、町は感傷的な風景ではなかった。 町は負荷の集合体だった。 学校の照明、保健室の冷蔵庫、港の冷凍設備、避難所の通信機器、 高齢者施設の医療機器、水ポンプ、信号、携帯電話の充電。
それは冷たい見方のように聞こえるかもしれない。 だがヒロにとって、負荷とは人間の生活そのものだった。 冷蔵庫の向こうには薬がある。ポンプの向こうには水がある。 通信機器の向こうには家族への連絡がある。 照明の向こうには、子どもが怖がらずに眠れる時間がある。
彼は、人間を数字にしているのではなかった。 数字の中に、人間を見ていた。
電気とは、見えない優しさである。
あるうちは気づかれず、消えた瞬間に、生活の輪郭を照らす。
彼は、約束よりも残量表示を信じていた。
ヒロは、立派な言葉をあまり信用していなかった。 「安心安全」「持続可能」「未来のために」「地域のために」。 そういう言葉を何度も聞いてきた。 だが、嵐の夜、そうした言葉がバッテリーを充電するわけではない。
残量表示は嘘をつかない。 負荷が大きければ、時間は短くなる。 充電が少なければ、守れるものは減る。 使い方を間違えれば、朝までもたない。
だからヒロは、約束よりも数字を見た。 それは冷たさではなく、責任の形だった。 誰かに「大丈夫です」と言うなら、その言葉の裏に何アンペア、何ワット、 何時間があるのかを知っていなければならない。
太陽光は、彼にとって信仰ではなく現場だった。
ヒロは、太陽光を美しい理想として語らなかった。 彼にとって太陽光は、屋根に載せるものだった。 角度を測り、配線し、固定し、検査し、発電量を確認し、台風の風を想定し、 影を避け、電気室へつなぐものだった。
しかし、その現実的な手順の奥には、静かな信念があった。 太陽は毎朝戻ってくる。 人間の会議が遅れても、予算が固まらなくても、制度が古くても、 太陽は朝になると町の屋根へ降りてくる。
ヒロは、その公平さを信じていた。 太陽は富裕層の屋根にも、学校の屋根にも、古い倉庫にも、港の屋根にも降りる。 問題は、誰がそれを受け取れるようにするかだった。
なぜ、彼は急ぐのか。
ヒロはいつも急いでいた。 食事を忘れ、返信を短くし、眠る時間を削り、雨の夜でも現場へ向かった。 それは仕事熱心という言葉だけでは説明できなかった。
彼は、停電の夜を知っていた。 何もできない時間を知っていた。 充電が切れる音のない恐怖を知っていた。 「もう少し早く準備していれば」という後悔が、どれほど人を削るかを知っていた。
だから、彼は急ぐ。 災害が来てからでは遅い。 停電してからでは遅い。 水が止まってからでは遅い。 ヒロにとって、太陽光の設置は未来のための綺麗な選択ではなく、 次の夜に間に合わせるための作業だった。